不動産業の歴史 その2
カテゴリ: 不動産
民法制定当時は、借地権が登記されることを当然予定していました。ところが実際には、
地主と借地人とでは経済力や、社会的力関係が決して対等ではなかったため、登記
されない借地権がほとんどだったのです。登記を要求するような人には土地を
貸さないわけです。
さらに明治37年から38年ごろの日露戦争後の急激な都市化の中で地価が上昇すると、
多くの地主は地代の大幅な値上げを要求しました。
そして、借地人が値上げに応じないと地主は土地を第三者に売ってしまったのです。
こうして、借地人は仕方なしに建物を壊して、土地を明け渡さなければならない
事態が多発しました。
建物がどんどん壊されていくことから、このような土地の売買を「地震売買」と呼ばれました。この地震売買は当時大きな社会問題となったのです。
当然、借地人の立場になってみるとこのような事態は深刻なものです。
そこで、明治41年に建物保護制度が制定され、そこでは土地の借地権の騰貴がなくても、
建物の登記があれば借地人は、借地権を第三者に対抗できることになったのです。
土地の賃借権は地主の同意が無ければ登記できません。
しかし、建物は借地人のものだから、地主の同意に関係なく、勝手に登記できるのです。
これによって借地人は先の地震売買から保護されることとなりました。
これが地震売買における社会問題から、登記を行うことによる対抗策となり、地主の同意に関係なく、土地の賃借権を得ることができるようになったのです。
